意外な再会
         〜789女子高生シリーズ
 


       



深紅や黒、金を配しての
どこか優雅で豪奢な内装は、ロココ調かゴシック調か。
猫脚のチェストや、ゴブラン織りのクッションなど、
豪奢な調度を配した店内そのものが、
客を惹き寄せるためのディスプレイであるかのごとく、
通りに面した側の壁は、まんま一面大きなガラス張りだが。
ドレスやバッグを扱うブティックでもなければ、
年代物の家具を扱う骨董品店でもなく、
きらびやかなジュエリーを並べた宝飾品店でもなくて。

 「さようでございますか、お妹様もこの春からお始めになると。」
 「ええ。ピアノだけでは物足りないようなので。」

  向上心がおありなのですね

  どうなのですかしら、
  お姉様へのささやかな競争心の発露かも…と

手がかかって困りますわと言いたげな苦笑も、どこか誇らしげ。
高尚な趣味を持つ娘を自慢したくてしょうがないらしいご婦人が、
品のいいジュエリーで飾った指先で、
ゆっくりとページを繰っているのは
飴色の染みた木肌も麗しく、優雅な曲線の楽器のカタログ。
芸術的なオブジェのような台座に添えられているのはバイオリンやビオラで、
壁際にはコントラバスやチェロも立て掛けられていて。
だが、普通一般の一見の客人は相手にしませんという微妙な権高さが、
時折 表にいる通行人の視線を鼻先であしらう店員の態度からほのかに窺える。
店内に迎え入れられた客もまた、
選ばれた人種であることを自覚しているものか、
その横顔への視線を感じていながら、
気づかぬ振りでそっぽを向き続けることで
虚栄心をくすぐられていたようだったが、

 「  え? まあ、ホントに?」
 「いやだ、どうしましょうvv」
 「直にお逢い出来るなんて…。」

店内にさわさわっと沸き起こったさざ波のような囁きが、
数人ほどしかいなかった客全部へ伝わるのは造作なく。
今の今まで自分こそが主役と澄ましていたはずのセレブリティたちが、
あっと言う間にシンパシィの側へ後ずさったのは、
後から現れた客人が、文句なく格上の存在だったから。

 「これはこれは。
  ええもう、△川様からお話はお伺いしております。」

滅多な客では店の奥から出て来もしないという店主が、
小走りになって出て来たくらい、それは破格の相手であり。
軽やかなくせのある髪に、すべらかな頬には透けるような白い肌。
若さならではな瑞々しさをたたえていながら、
されど鋭利で凛とした美貌が、鷹揚な態度とあいまって、
近寄り難い高貴ささえもはらんで見えるその人は。

 「至急、逸品が要りようになった。」

挨拶もなければ愛想のいい微笑もなしのいきなり、
用件をのみ口にしたぶっきらぼうさも、
だがだが単なる傲慢さからではなく、
そういう気性だというのが知れ渡っているお嬢様。

 「三木様のところのvv」
 「ええ、ええ。久蔵お嬢様vv」

ホテルJに代表される巨大コンツェルンの跡取り娘。
近年、パーク関連からゲーム市場までと、
アミューズメント関連の部門でも業績を上げていて。
飛ぶ鳥落とす勢いとは正にこのことという、
右肩上がりの超優良企業であるがため。
たいそう寡黙で、態度も地味を極めて…いるらしいお嬢様も、
そのお顔がすっかりと、あちこちに知れ渡っておいでだったりもし。
貴金属店かと見紛うばかりな内装の店内にも負けぬ、
華麗な存在感はどうだろう。
ちょっとしたファーかと思わせるほど毛並みの豊かな、
ビロウドのツーピースを淑やかに着こなし。
その濃色が、
軽やかな金髪や淡雪のような白い頬を際立たせ、
且つ、バレエで鍛えられた身ごなしには威容さえ感じられ。
乗って来た車の運転手だろう、
ドアを開けて差し上げた連れの男衆へは、
店の外で待つようにと身振りで示した態度も何とも様になっておいで。
そのままこちらへと案内された、
接客用なのだろう応接セットのソファーに座してすぐ、
そのようにリクエストを口にした彼女だったのへ、

 「逸品、と申されますと?」

たしか常のお道具は、
ピアノにせよバイオリンにせよ、
同業者で格もやや上の △川という人物が、
お屋敷に据えられたグランドピアノの演奏室の管理込みで、
請け負っていたはずだがと。
そういった情報もきちんと把握し、
ついでに歯咬みして悔しがってたこちらの店主。
だというのに、何でまた私どもへ?と、
心算を透かし見るよな訊き方をしたところ、

 「逸品の掘り出し物があると訊いた。」
 「は?」
 「途惚けるな。橋◇の御大に訊いたのだ。」

バイオリンも物によっては骨董的価値にも似た値打ちがつく。
北イタリアはクレモナという発祥地にて生まれた作、
ストラディバリやグァルネリともなれば、
億単位になっても不思議はない名器だが。
そうまで知れ渡った逸品は、持ち主も明らかなものが多く、
だからこそなかなか入手は難しい。
だというに、こちらのご令嬢ったら、
真剣真顔で微妙な言い回しをして下さったものだから。

 「あ〜〜〜〜、いやその。………橋◇様、ですか。」

具体的な名前が出たことで、
他の客人には聞かせまいぞとの焦りを見せつつも、
意外なことへの事情通であられるところへ、
同じ穴の同志だったか的な安堵も得たらしく。
にやにやという意味深な笑みを口元へと浮かべたオーナーであり。

 「それでは こちらへ。」

座したばかりではあったが、表向きな場では披露出来ないということか、
店の奥向きへどうぞと、
仰々しいくらいの優雅な手振りで招いたオーナーだったのへ、

 「……。(頷)」

判ったと、小さな顎を引いて応じたお嬢様。
すっくと立ち上がったその拍子、
天井から吊るされたクリスタルのシャンデリアの光を受け、
白い耳朶に飾られた金のピアスが、きらりら燦き。
店内へ居合わせた人々が、
ついのこととて揃っての同時に ほおと、
憧れを滲ませた吐息をついたのでございました。




  ………………が。



 「…よ〜し、そのままその場から動かない。」

幾刻かの間をおいてから、
今度は突然、地味なスーツ姿の一団が店内へ勢いよく突入して来て。
店員らが引き留める隙さえ与えず、
また、店内の構造をよく知ってたなぁと不審に思うほど正確に、
分厚い緞子のカーテンを斜めに下げた壁の一角から
奥向きの事務室までを駆け込んだ彼らは、

 「故買組織の者だな。
  言い訳は聞かないぞ、被害届けが出ているブツを確認したからな。」

店よりは手狭な一室のテーブルに並べられた、ケースに入ったバイオリンが数点。
それをざっと見下ろしてから、
捜査令状なのだろう、
枠のついた書式が印刷された書状をかざした代表の刑事が、
滔々と言ってのけての有無をも言わさぬ手際のよさにて、
あっと言う間に店主に手錠をかけてしまい、

 「では、後はよろしく。」
 「了解。」

逮捕の手順だけをてきぱきと済ませた彼が、
同席していた金髪のご令嬢を立たせ、先に誘導して行こうとするものだから、

 「ま、待て。その方がどなただか知っているのか?」

苦し紛れの、もしかしたら彼女とともにお目こぼしでも狙ったか、
一介の刑事など吹き飛ばせるほどの権力とも
お付き合いのある存在だぞよと言いたそうにしたものの、

 「ああ、知っているさね。
  だがな、こちらさんはこれらを買うのどうのと言われたかな?」

  …………はい?

イマ ナンテ イイマシタカと
顎が外れそうなほど、呆気に取られた店主へ向けて。
本人が何も言わないのも肩代わりしてということか、
やはり同じ刑事が言うことにゃ、

 「特別な品を見たいと言ったかも知れぬ、ほしいと言ったかも知れぬがな、
  まさかに盗品とは知らなんだ人までいちいち引っ括ってたらキリがないし、
  それこそやり過ぎだろうがよ。」

  …………………………はいぃ?

ではなと最後の一瞥残し、
駆けつけた窃盗担当の二課の刑事らに会釈をしつつ、
マネキンみたいに表情が動かないご令嬢を
その白い手を取ってエスコートして出てゆくのは佐伯刑事であり。
ああ、怖い想いをされたのかな、
あんな可憐なお嬢様に、しかも盗品を押し売りしたなんて許せんぞ店主と、
何だか妙な勘違いから燃えてるお人もいるようだったが。
わざわざ訂正している余裕はないぞと、たかたか店の裏手へ誘導し、
何事かと野次馬が覗き込む視線から逃れる振りを装って
一足先にそちらに待っていたボックスカーへと乗り込んだ二人。

 「発車しますよ。」
 「ああ待って待って、久蔵さんがまだシートベルトを。」

車内で待機していた顔触れが急くのは判るが、交通条例は守ってねと。
そういう世話まで焼いて下さる佐伯さんの言い分も正道。
ヘイさんどうどうと、白百合さんが何とか宥め、
それらを背後に感じつつ、運転手役の勘兵衛が苦笑するという、
何とも珍妙な顔触れが、一緒に行動しておいでのこの騒ぎ。
お嬢さんたちだけの企み(笑)よりも機動力に長けていて、
応援にと繰り出された頭数も豪勢だが、

 「急いだ方がいいには違いないぞ。」

ギア操作を手早く畳み掛け、発車しつつの勘兵衛からのお言葉へ、
他の面々も揃ってうんうんと同意する。

 「ここでの騒ぎや二課の出動という情報が、
  その筋のコネクションを駆け巡るのとの競走だからな。」

それなりのコネから得た次の目的地があるのだろ、
平八が膝へと開いたノートPCから住所を告げ、
街並みに通じておいでの壮年が、
渋滞や抜け道への勝手を上手につなぎ、
無駄のないコースを選んで向かった先もまた、
ちょっぴりお高くとまった観のある楽器店らしく。

 「こちらは、●丘氏から訊いたと言ってくださいましね。」
 「……。(頷)」

少しだけ離れたところで降り立った久蔵を、
黒地のぱりっとしたスーツに着替えていた勘兵衛が、
執事もかくあらん、慇懃に先導する格好で案内してゆく。

 「これで4軒目ですよね。」
 「二課の応援の方々は?」
 「今、信号2つ先の辻まで駆けつけているそうだ。」

車内も単なる待機ではないようで。
突入班の先鋒を切る役目の佐伯さんは、
こちらへ来る二課との刷り合わせがあるのでと、素早く車外へ降りてゆき。
平八はPCの液晶モニターに映し出された情景を、
後ろの座席にいる菊千代へ見せていて。

 「どうです? この中にありそうですか?」

ピアスに仕込んだカメラで撮ってるにしては鮮明なほうだから、
バイオリンだけじゃない、ケースの特徴も判りやすいと思うのですがと、
傍らから助言され。

 「う…ん。」

凛々しい眉をぎゅうと顰め、
こちらでも店ではない1室でテーブルに広げられた
ワケありらしい名器らを見やっていた彼女だったが、

 「…………あ。これ。」

端の1つを指さして、だが、

 「でもなぁ。ケースの方が覚えがあるってだけだから、
  もしかしてバイオリンは別のかも。」

目利きに自信がないものか、戸惑うような言いようをする彼女なのへ、

 「ケースの内張りは買い手が決まってから細工するんだろうから、
  こうまで日の早いすぐには変えられないよ。」

楽器に合ってないケースじゃあ揺らしただけでも傷めかねないから、
まだ元々のへそのまま入ってると見ていいと、
励ますように七郎次が言葉を添えてやり、

 【 ラマンチャスでは、
  カルロ・ベルゴンツィという触れ込みの、なのに偽物があったが。】
 【 ああ、あすこの店主は目利きとは言えませんからね。】

そちらでの会話が届くのは、
久蔵お嬢様が装着なさってる、慣れぬイヤリングに、
集音機能がついているからで。

 【 こちらの〜〜は、それは卓越された音色で。】
 【 そう。】

何やら売り込み続けている店主だったが、
その声が掴み潰されるように弾けたそのまま、
こちらの室内も騒然とした様相となり。

 【 そのままその場から動くなっ。】

佐伯刑事の声がしたので、何とか目的は達せられたということか。
やったやったと文字通り、
胸を撫で下ろしていた菊千代嬢とひなげしさんが、
待ち切れなくてか車外へと飛び出して行ったが。
そんな彼女らの様子へこそ微笑んで見せながらも、

 「見つかったからって、でも素直には喜べんぞ。」
 「………ええ。」

勘兵衛の独り言のような言いようへ、
そこは七郎次にも察しがついていたらしく、
こくりと頷き、神妙そうな顔をする。

 「こんな早くに市場へ出されたってことは、
  盗み出しておきながら、
  なのにバイオリンやケースには用がなかったからですものね。」

随分と荒っぽい探し方をしたワケありらしいバイオリンといい、
見つかったというに、
そのまま喜べぬという見解示すこちらの二人といい。
突然のこの段取りの背景には、一体何が潜んでいるものか……。





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